地球上で38億年の生命/プラネットの名前の由来
2019.09.28
ギター二重奏のマリアデユオのことを何度か書いたことがありましたが、8月22日毎日新聞の夕刊にお二人のインタビュー記事が載りました。我が家は毎日新聞ではないので図書館に読みに行ってきました。二人の写真入りでネパールの子供たちに50台のギターを送ったクラウドファンデイングのことなどが書かれています。スキャナブルでevernoteに保存したのを様々なキーワードで検索してみているのですがちょっと見つからなくて。有料のevernoteでは文章中の言葉でも検索できるはずなのだけれど? 後で探すときのためにタグをつけておいたほうがよさそう。
マリアデユオのお二人はお互いに「ねえさん」と呼び合っていて本当に仲よさそう。年上の藤森さんをそう呼ぶのはわかるけれど、年下の菅原さんをそう呼ぶのは「姐さん」という雰囲気だからかしら?と思ったりもいたします。一匹狼の私はそんなお二人を見て羨ましく思っておりました。藤森さんと何度かお会いして人生相談みたいなことをしているうちに「洋子ねえさん」と呼ばせていただける間柄に。この年になって初めて「ねえさん」と呼べる人ができました。
お互いに忙しいのでなかなかお会いできませんが、きょうはこれから洋子ねえさんに会いに行ってきます。
アマゾンプレミアで「ELEMENT シャーロックとワトソン」を 見ています 。 現代のニューヨークに住むシャーロックと女性のワトソン、 二人の探偵の物語。 シリーズ2の12の中で日本語字幕では「 ( 自分と理解し合える) たった一人の人だから」という場面で "the only person on the planet" と言っているのを聞いて「あ ! プラネット」 と嬉しくなりました 。 この地球上に何億という人がいようと、 その中でたった一人ということが良くあらわれていると思います。
この夏、大阪の高槻にある生命誌研究館の見学をしてきました。この地球上に生物が誕生してから38億年の時間の流れを様々な角度から展示したり映像で見せてくださったり。DNAのような私の理解を超えているようなことも多かったですが和田誠さんの生命誕生からの歴史を視覚的に端的に表したイラスト始め楽しい展示も。現在私たちの身の回りにいる<生きとしいけるものすべて38億年前に始まった生命誕生のルーツを共にしている>ということ。途中で途絶えていれば今その子孫は生きてはいないわけですものね。当たり前といえばあまりにも当たり前のことなのですが、人ばかりでなく蝶を見ても子犬を見ても「38億年前にさかのぼると親戚みたいなものよね。」と思うようになりました。
この地球上に生命誕生の不思議、100年前に生まれても違う地域に生まれても出会えなかった人たちと出会えることの不思議、時間と空間を織り込んでスタジオにプラネットと名付けたのでした。
マリアデユオのお二人はお互いに「ねえさん」と呼び合っていて本当に仲よさそう。年上の藤森さんをそう呼ぶのはわかるけれど、年下の菅原さんをそう呼ぶのは「姐さん」という雰囲気だからかしら?と思ったりもいたします。一匹狼の私はそんなお二人を見て羨ましく思っておりました。藤森さんと何度かお会いして人生相談みたいなことをしているうちに「洋子ねえさん」と呼ばせていただける間柄に。この年になって初めて「ねえさん」と呼べる人ができました。
お互いに忙しいのでなかなかお会いできませんが、きょうはこれから洋子ねえさんに会いに行ってきます。
この夏、大阪の高槻にある生命誌研究館の見学をしてきました。この地球上に生物が誕生してから38億年の時間の流れを様々な角度から展示したり映像で見せてくださったり。DNAのような私の理解を超えているようなことも多かったですが和田誠さんの生命誕生からの歴史を視覚的に端的に表したイラスト始め楽しい展示も。現在私たちの身の回りにいる<生きとしいけるものすべて38億年前に始まった生命誕生のルーツを共にしている>ということ。途中で途絶えていれば今その子孫は生きてはいないわけですものね。当たり前といえばあまりにも当たり前のことなのですが、人ばかりでなく蝶を見ても子犬を見ても「38億年前にさかのぼると親戚みたいなものよね。」と思うようになりました。
この地球上に生命誕生の不思議、100年前に生まれても違う地域に生まれても出会えなかった人たちと出会えることの不思議、時間と空間を織り込んでスタジオにプラネットと名付けたのでした。
譜面台の入れ替え/ユーミンのライブに
2018.12.23
竹内太郎さんの演奏会のご案内を演奏会当日までブログの二番目に来るようにおいておこうと思います。一番目においておくつもりでしたが、ちょっと見て「次が更新されていない」と思われてしまいそうですから。
譜面台を4台入れ替えました。左側がこれまでの譜面台、右側が新しくしたものです。これまでの譜面台ですと重たい楽譜集のようなものを置くとバランスが悪くて倒れそうになったりしますし、持ち歩くわけじゃないので畳める必要もないし「どうして最初からこういう譜面台にしなかったのだろう?」と我ながら不思議。注文して届いたのが浦和ギターマンドリンクラブの有志でご利用の日で、譜面台の組み立てに手間取っているときに来場されて組み立てを手伝っていただいちゃいました。お手伝いくださった方々どうもありがとうございました。
先日、ユーミンのライブに新都心のスーパーアリーナに行ってきました。チケット予約したのは4月のこと。追加公演もあって武道館や横浜アリーナなど33箇所でなさるのだとか? 埼玉スーパーアリーナを略して<たまアリ>と呼ぶことを初めて知りました。ネット上にライブを行った人たちが「鳥肌がたった」「言葉がない」と感想を綴った中に<たまアリ>という言葉が繰り返しでてきているのが理解できなくてネットで調べました。(広辞苑などにはないでしょうものね。)
センターステージを囲むように収容人数37000人というアリーナがうまっているのは壮観。座席にフリフラという腕にとめる無線制御LEDが置いてあって開演前にその説明も。紅白歌合戦などでも使ったらしいですが、正面がステージの座席で使うのではステージから見たら客席は綺麗かもしれませんが、効果半減だと思います。ステージが始まってしばらくしてから一斉にブルーのライトがステージを囲むようになっているアリーナの客席で光ったら、まるで星空のよう。ゆったりした曲だと一斉に左右にゆったり揺れる、アップテンポの曲だと前後に突き出すようなリズミカルな動き、それが3万超える光の海になっています。それだけでも感激だったのに、ピンクになったり白になったり、色とりどりにちりばめられたり。照明も舞台装置も豪華でさながらオリンピックの開会式を思わせるようでした。
肝心のユーミンの歌もステージもちろんすごく良くて、45周年ということでこれまでの思いを語ってくださったり。最後のフィナーレの後に通路から一度引き上げたあとで、ステージにピアニストさんと二人で戻って(バンド演奏ではなく)ピアノだけで「やさしさに包まれたなら」を会場の人たちの全員合唱で。途中ピアノの音も消えて3万人を超える人たちの合唱だけになる場面もあって。涙があふれてきたのは。ユーミンの歌に<両親もまだ健在で何の心配もなく暢気だった若かった頃の自分>を思い出したからなのか、3万人を超える人たちが一つになって<やさしさに包まれたなら>を歌っている愛情に溢れるエネルギーになのか‥ただただ涙でした。
他のアリーナだと収容人数が14000人ぐらいだったりするので、スーパーアリーナの3万を超える人たちの気持ちが一つになる会場、それが近くにあって聴きに行けたことも幸せなことだったと思います。ユーミンのエネルギッシュな舞台から元気もらって、私もますます元気に新年を迎えられそうに思いました。
譜面台を4台入れ替えました。左側がこれまでの譜面台、右側が新しくしたものです。これまでの譜面台ですと重たい楽譜集のようなものを置くとバランスが悪くて倒れそうになったりしますし、持ち歩くわけじゃないので畳める必要もないし「どうして最初からこういう譜面台にしなかったのだろう?」と我ながら不思議。注文して届いたのが浦和ギターマンドリンクラブの有志でご利用の日で、譜面台の組み立てに手間取っているときに来場されて組み立てを手伝っていただいちゃいました。お手伝いくださった方々どうもありがとうございました。
先日、ユーミンのライブに新都心のスーパーアリーナに行ってきました。チケット予約したのは4月のこと。追加公演もあって武道館や横浜アリーナなど33箇所でなさるのだとか? 埼玉スーパーアリーナを略して<たまアリ>と呼ぶことを初めて知りました。ネット上にライブを行った人たちが「鳥肌がたった」「言葉がない」と感想を綴った中に<たまアリ>という言葉が繰り返しでてきているのが理解できなくてネットで調べました。(広辞苑などにはないでしょうものね。)
センターステージを囲むように収容人数37000人というアリーナがうまっているのは壮観。座席にフリフラという腕にとめる無線制御LEDが置いてあって開演前にその説明も。紅白歌合戦などでも使ったらしいですが、正面がステージの座席で使うのではステージから見たら客席は綺麗かもしれませんが、効果半減だと思います。ステージが始まってしばらくしてから一斉にブルーのライトがステージを囲むようになっているアリーナの客席で光ったら、まるで星空のよう。ゆったりした曲だと一斉に左右にゆったり揺れる、アップテンポの曲だと前後に突き出すようなリズミカルな動き、それが3万超える光の海になっています。それだけでも感激だったのに、ピンクになったり白になったり、色とりどりにちりばめられたり。照明も舞台装置も豪華でさながらオリンピックの開会式を思わせるようでした。
肝心のユーミンの歌もステージもちろんすごく良くて、45周年ということでこれまでの思いを語ってくださったり。最後のフィナーレの後に通路から一度引き上げたあとで、ステージにピアニストさんと二人で戻って(バンド演奏ではなく)ピアノだけで「やさしさに包まれたなら」を会場の人たちの全員合唱で。途中ピアノの音も消えて3万人を超える人たちの合唱だけになる場面もあって。涙があふれてきたのは。ユーミンの歌に<両親もまだ健在で何の心配もなく暢気だった若かった頃の自分>を思い出したからなのか、3万人を超える人たちが一つになって<やさしさに包まれたなら>を歌っている愛情に溢れるエネルギーになのか‥ただただ涙でした。
他のアリーナだと収容人数が14000人ぐらいだったりするので、スーパーアリーナの3万を超える人たちの気持ちが一つになる会場、それが近くにあって聴きに行けたことも幸せなことだったと思います。ユーミンのエネルギッシュな舞台から元気もらって、私もますます元気に新年を迎えられそうに思いました。
ジェラール アビトン演奏会
2018.09.04
マリアデユオが企画する演奏会のチラシ。カフェラルゴさんは南与野に同名のお店がありますが都内の別の所です、お間違いのないように。演奏会翌日(10月21日)に公開レッスンもあります。チラシの裏側に情報が載っているので後ほど詳細を追記させていただきます。ただいま出先(甲府)でパソコン内にチラシの表面だけ入れてきてしまったものですから。日時や申込先などの詳細、このチラシから読み取れるかしら?アップしたのを確認して判読しにくそうなら公開レッスンの情報とともに後ほど追記させていただきますね。同じ21日にはスタジオプラネットでは私がギターを習っている大坪先生と新野英之氏のギターの演奏会があります。そちらの詳細も近々わかったらブログに載せておきます。
足のリハビリで石和温泉にある温泉病院に一泊で来ています。山梨へは圏央道経由で東京、神奈川を通って来ていますが、昨年初めて秩父を回って雁坂峠を通って来てみました。温泉病院周辺には「雁坂みち方面」という標識があちらこちにあるので一度通ってみたいと思っておりました。「山梨県は埼玉県と接しているお隣の県」ということを実感。知人にそれを話したら、真っ先に「日本武尊も通られた道よね。」
今回は石和温泉ではなくお隣の甲府にある湯村温泉に来ています。石和温泉は昭和にはいってブドウ畑から温泉が湧いた新しい温泉地ですが、湯村は808年開湯、北斎の絵に描かれていたり、信玄の隠し湯と呼ばれていたり歴史ある温泉地。太宰治を始め多くの文人たちも逗留してきました。近年、老舗旅館の湯伝というところが廃業したのに始まって寂れているのが悲しいです。富士屋ホテル(箱根にあるあの富士屋ホテルの系列/国際興業)も売却されて経営者が変わるそうです。
洋子姉さんからはギターで今後何をしたいかだけでなく「これからの人生どう生きていきたいか?」ということも尋ねられました。マリアデユオのお二人が書と画を描かれた<よし地蔵>はこのブログでもご紹介したことがありますが、来年は英国とドバイで展覧会をなさるのだそうです。ネパールに音楽学校をすでに造られていますが、その先の音楽大学を作る壮大な夢に向かって邁進しています。圧倒されます。
私はこのスタジオを造るのが夢で、20年以上も前にその夢がかなったわけでした。足を悪くして開店休業状態になってから、股関節症の患者さんたちを励ますようなことにシフトしておりました。整形外科に行って「変形性股関節症です。このままだと歩けなくなります。」とまるで脅かすかのように人工関節の手術を勧められてショックのあまり鬱っぽくなってしまうような人たちがあまりに多いので、「手術したくなかったり、家庭環境で手術できないような場合、保存療法という穏やかな方法もあります。」ということをお伝えしていくのが私の使命のように思ったりもしてきました。今や保存療法ということも世の中に知れ渡るようになってその役割を終えて、スタジオに戻ってきたといったところでしょうか。
足のリハビリで石和温泉にある温泉病院に一泊で来ています。山梨へは圏央道経由で東京、神奈川を通って来ていますが、昨年初めて秩父を回って雁坂峠を通って来てみました。温泉病院周辺には「雁坂みち方面」という標識があちらこちにあるので一度通ってみたいと思っておりました。「山梨県は埼玉県と接しているお隣の県」ということを実感。知人にそれを話したら、真っ先に「日本武尊も通られた道よね。」
今回は石和温泉ではなくお隣の甲府にある湯村温泉に来ています。石和温泉は昭和にはいってブドウ畑から温泉が湧いた新しい温泉地ですが、湯村は808年開湯、北斎の絵に描かれていたり、信玄の隠し湯と呼ばれていたり歴史ある温泉地。太宰治を始め多くの文人たちも逗留してきました。近年、老舗旅館の湯伝というところが廃業したのに始まって寂れているのが悲しいです。富士屋ホテル(箱根にあるあの富士屋ホテルの系列/国際興業)も売却されて経営者が変わるそうです。
洋子姉さんからはギターで今後何をしたいかだけでなく「これからの人生どう生きていきたいか?」ということも尋ねられました。マリアデユオのお二人が書と画を描かれた<よし地蔵>はこのブログでもご紹介したことがありますが、来年は英国とドバイで展覧会をなさるのだそうです。ネパールに音楽学校をすでに造られていますが、その先の音楽大学を作る壮大な夢に向かって邁進しています。圧倒されます。
私はこのスタジオを造るのが夢で、20年以上も前にその夢がかなったわけでした。足を悪くして開店休業状態になってから、股関節症の患者さんたちを励ますようなことにシフトしておりました。整形外科に行って「変形性股関節症です。このままだと歩けなくなります。」とまるで脅かすかのように人工関節の手術を勧められてショックのあまり鬱っぽくなってしまうような人たちがあまりに多いので、「手術したくなかったり、家庭環境で手術できないような場合、保存療法という穏やかな方法もあります。」ということをお伝えしていくのが私の使命のように思ったりもしてきました。今や保存療法ということも世の中に知れ渡るようになってその役割を終えて、スタジオに戻ってきたといったところでしょうか。
JR東日本大人の休日倶楽部乗リ放題 ほか
2018.06.28
あっというまに前回の日記からひと月経ってしまいました。このひと月、怒涛のような日々を過ごしておりました。一番の出来事は、元気だった従姉妹が突然亡くなったこと。「ピンピンコロリが良い。」と申しますが、周囲はショックが大きくて大変。ほどほどが良いと思ったことです。(思ったところでそうなるわけではありませんが。)私も彼女のように突然逝ってしまうようなことになると、スタジオの御予約を頂戴している方たちにご迷惑おかけしてしまうことになりますから、「何歳までスタジオを続けようか?」と思ってしまいます。可能であれば私がダウンしても引き継いでくださる人がいたらと思うのですが‥。
JR東日本大人の休日倶楽部乗り放題が一年に三回あるのを利用して、二泊三日で青森のほうにでかけてきました。いつも浦和駅北口を利用するので、気が付かなかったのですが、東西にでる正面の改札を入ったところに、私が五所川原で見てきた<たちねぷた>が飾られているのに初めて気が付きました。いつからあったのだろうか?
五所川原には太宰治の生家である斜陽館を見たくて出かけたのでしたが、レンタカーを借りて五所川原に向かうと途中から<たちねぷたの館>の(漢字表記が探せません)大きな看板が「ここから何キロ」という表示が度々でてきて、そちらを先に見学することに。高さ23メートルものねぷたが展示されている建物は6階建て、4階までエレベーターでねぷたの高さまで上がって、そこからスロープで降りながら間近にねぷたを見られるようになって見応えありました。1998年から90年ぶりに祭りを復活させたということで、一度廃れたものを再現するのはどれほど大変だったことかと思います。祭りのようすが上映されているのを見て「一度祭りそのものを見てみたいものだ」と思いました。
大宮駅の新幹線乗り場は<大人の休日倶楽部>が使える世代の人たちであふれかえっておりました。青森までのはやぶさは全席指定。指定券を買いに行ったら私の希望の時間帯の列車は満席。東北の方達は逆に伊豆箱根などこちらへ出かけてくるようなことで賑わうらしいです。梅雨時の旅行者が少ない時期に設定したJR東日本のアイデアはなかなかだと思います。京都始め観光地が多くて一年中利用者の多い他の地域ではそういう乗り放題は無いのだとか。
斜陽館は50年間旅館として使われてきたのを1億7千万(だったと思う)かけて、復元したもので2004年から国の重要文化財に指定されているそうです。梅雨の時期でしたが三日間お天気にも恵まれてラッキーでした。
JR東日本大人の休日倶楽部乗り放題が一年に三回あるのを利用して、二泊三日で青森のほうにでかけてきました。いつも浦和駅北口を利用するので、気が付かなかったのですが、東西にでる正面の改札を入ったところに、私が五所川原で見てきた<たちねぷた>が飾られているのに初めて気が付きました。いつからあったのだろうか?
五所川原には太宰治の生家である斜陽館を見たくて出かけたのでしたが、レンタカーを借りて五所川原に向かうと途中から<たちねぷたの館>の(漢字表記が探せません)大きな看板が「ここから何キロ」という表示が度々でてきて、そちらを先に見学することに。高さ23メートルものねぷたが展示されている建物は6階建て、4階までエレベーターでねぷたの高さまで上がって、そこからスロープで降りながら間近にねぷたを見られるようになって見応えありました。1998年から90年ぶりに祭りを復活させたということで、一度廃れたものを再現するのはどれほど大変だったことかと思います。祭りのようすが上映されているのを見て「一度祭りそのものを見てみたいものだ」と思いました。
大宮駅の新幹線乗り場は<大人の休日倶楽部>が使える世代の人たちであふれかえっておりました。青森までのはやぶさは全席指定。指定券を買いに行ったら私の希望の時間帯の列車は満席。東北の方達は逆に伊豆箱根などこちらへ出かけてくるようなことで賑わうらしいです。梅雨時の旅行者が少ない時期に設定したJR東日本のアイデアはなかなかだと思います。京都始め観光地が多くて一年中利用者の多い他の地域ではそういう乗り放題は無いのだとか。
斜陽館は50年間旅館として使われてきたのを1億7千万(だったと思う)かけて、復元したもので2004年から国の重要文化財に指定されているそうです。梅雨の時期でしたが三日間お天気にも恵まれてラッキーでした。
イーダさんの絵/軽自動車ステラ
2017.04.05
以前ご紹介したイーダヴァロッキオさんの絵が届いてスタジオに飾りました。「白い額縁は白い壁のスタジオにどうかしら?」と思っていたのでしたが大丈夫。「写真を撮ってご紹介しながらブログを書こう」と思っていたら、どんどん遅くなってしまうので画像は後日アップすることにします。「卒寿記念の絵画展で購入した絵。90歳過ぎて、なお絵を描かれているって素敵なこと」と、スタジオに来られる方々にお話させていただいております。94歳記念に94枚制作された版画のNo.33。そんな中で友達のひとりが「80歳代の頃に来日されたイーダさんにおめにかかったことがある。」とのことでびっくり。絵も購入されてご自宅に飾られているのだそうです。今度見せていただかなくては。
スバルの軽自動車、ステラについても書いておこうと思います。<星影のステラ>という曲がありますよね。「ステラは星」と思っておりましたが、wikipediaで見てみたら惑星という意味もあるようで、「まさにプラネット(惑星)だわ!」と思いました。そもそもお星様大好きな私はスバル(プレアデス星団)のマークをつけたレヴォーグに乗っているのも嬉しかったのです。
高齢者の事故のニュースが次々取り上げられるようになり、その年代に差し掛かっていることもあって「安全装置が充実した車に買い換えよう」と思うようになりました。10年乗ってきた三菱アイが気に入っていて乗りつぶすぐらいの気持ちでいたので、手放すについてはお別れが悲しくて涙こぼしたりしたのでしたが、ステラに乗ってみたら「買い換えて正解」。以前の三菱アイにはつけていなかったバックモニターもありますし、センターライン越えても警告が鳴るようなこと他、アイドリングストップもあるし、なにしろ「軽自動車も10年でここまで進化したか。」という感じです。携帯電話ひとつみても10年で全然変わりましたものね。従姉妹の家の庭先に車を停めたら「この周辺は盗難が多くなっております。ご注意ください。」とカーナビに言われたことにもビックリしました。GPSの位置情報でこういうことまでわかるのですね。
きょうはステラで越生の乗馬倶楽部に行ってきました。いつもは電車ですが持ち帰りたい荷物があったので珍しく車で。行くときのNHKFMで懐かしの歌謡曲を聴きながら。昔は外国のポップスを日本語で歌ったりしていたのでしたものね。<夢見るシャンソン人形>とかシルビーバルタンの曲(曲名忘れちゃいました)を中尾ミエが歌っているのとか、ザピーナツの歌声とか、懐かしかったです。帰り道カーラジオで「ベンチャーズ来日55周年記念コンサート」の紹介もされていて「え!まだお元気で来日して演奏されているの?!」とビックリしました。聴きに行くのはきっと私たちの世代の人たちばかりなのでしょうね。
車の運転も自分の趣味のひとつと思っています。きょうは桜が綺麗で「こんな所にこんな桜並木があったのね。」と思いながら車走らせておりました。乗馬ではジュピター(木星)という馬に乗っています。皆からはジュピちゃんと呼ばれています。乗っている馬まで惑星で「星づくし」になっています。
星影のステラ、北村英治さんのクラリネットの動画があったので載せておきます。
スバルの軽自動車、ステラについても書いておこうと思います。<星影のステラ>という曲がありますよね。「ステラは星」と思っておりましたが、wikipediaで見てみたら惑星という意味もあるようで、「まさにプラネット(惑星)だわ!」と思いました。そもそもお星様大好きな私はスバル(プレアデス星団)のマークをつけたレヴォーグに乗っているのも嬉しかったのです。
高齢者の事故のニュースが次々取り上げられるようになり、その年代に差し掛かっていることもあって「安全装置が充実した車に買い換えよう」と思うようになりました。10年乗ってきた三菱アイが気に入っていて乗りつぶすぐらいの気持ちでいたので、手放すについてはお別れが悲しくて涙こぼしたりしたのでしたが、ステラに乗ってみたら「買い換えて正解」。以前の三菱アイにはつけていなかったバックモニターもありますし、センターライン越えても警告が鳴るようなこと他、アイドリングストップもあるし、なにしろ「軽自動車も10年でここまで進化したか。」という感じです。携帯電話ひとつみても10年で全然変わりましたものね。従姉妹の家の庭先に車を停めたら「この周辺は盗難が多くなっております。ご注意ください。」とカーナビに言われたことにもビックリしました。GPSの位置情報でこういうことまでわかるのですね。
きょうはステラで越生の乗馬倶楽部に行ってきました。いつもは電車ですが持ち帰りたい荷物があったので珍しく車で。行くときのNHKFMで懐かしの歌謡曲を聴きながら。昔は外国のポップスを日本語で歌ったりしていたのでしたものね。<夢見るシャンソン人形>とかシルビーバルタンの曲(曲名忘れちゃいました)を中尾ミエが歌っているのとか、ザピーナツの歌声とか、懐かしかったです。帰り道カーラジオで「ベンチャーズ来日55周年記念コンサート」の紹介もされていて「え!まだお元気で来日して演奏されているの?!」とビックリしました。聴きに行くのはきっと私たちの世代の人たちばかりなのでしょうね。
車の運転も自分の趣味のひとつと思っています。きょうは桜が綺麗で「こんな所にこんな桜並木があったのね。」と思いながら車走らせておりました。乗馬ではジュピター(木星)という馬に乗っています。皆からはジュピちゃんと呼ばれています。乗っている馬まで惑星で「星づくし」になっています。
星影のステラ、北村英治さんのクラリネットの動画があったので載せておきます。