この時期に
2020.04.04
日々、コロナウイルスの報道ばかり。台風などでしたら通過して落ち着く時期が見通せますが、いつ収束するか先が読めないというのはシンドイですね。3月に聴きに行く予定だった都響の演奏会は二つとも中止、28日の大手町ホールでの大塚直哉さんの演奏会もぎりぎりまで開催されそうな雰囲気だったのですが都知事の要請を受けてか中止になりました。ぴあで購入したチケットの払い戻しは(私は)初めてのことですが、出先の遠くのセブンイレブンで発券したら、その店じゃないと返金手続きができないみたい。「その手続きを想定していたら自宅近くにもコンビニはたくさんあるのに。」と思いました。前回のブログに書いた小原さんの演奏会は「かろうじてできたのだなぁ」と思います。

この時期、知人から教えていただいたSpotifyをbtuetoothでBOSEのスピーカーに飛ばして聴いたり、you-tubで見る可愛い動物たちの動画(関西弁でしゃべる猫が特に気に入っています。)アマゾンプレミアでみられる映画などに救われています。<翔んで埼玉>もいつもなら見ないようなタイプの映画なのですが時間がたっぷりあるので見ました。その影響もあって、埼玉が誇る<和同開珎>の聖地、秩父の聖神社と採掘跡まで先日行ってきました。脚のリハビリに行っている山梨の石和の温泉病院に行くのに雁坂峠を走ってみたことがあって、その時に道沿いに立て看板をみて「いつか来てみたい」と思っていた所。観光地というにはマイナーな所だと思うのですが、金運のパワースポットのようにもなっているらしかったです。各種お守りがたくさんあったり、絵馬も和同開珎の形をしたものがたくさん掛けてありました。聖神社にも参拝者が来ていましたし、ちょっとしたハイキングコースのようになっている山道でも思っていたより多くの人たちが来ていました。家の中での自粛で息が詰まってしまうような日々「自然の中なら」と同じようなことを考える人たちなのだろうと思います。すれ違う人たちと登山者のように「こんにちわ」と言葉を交わしながら散策。花桃が満開で綺麗で、「訪ねるならこの時期が最高ではないか。」と思いました。

話変わりますが、<恋はつづくよどこまでも>というドラマの最終回に、常盤町の知人の家が出ていると知人からお知らせが。テレビドラマはほとんど見ないのですが、この番組の前に放映されていた「G線上のあなたと私」という番組、大人になってバイオリンを習い始めた年齢も異なる3人のドラマが<大人になって趣味でフルートを吹いている私たちが共感を感じる楽しい番組>とフルートのお仲間からの紹介で録画予約して見ていた続きで録画してありました。常盤町のそのお宅は幹線道路には面していないのによく探し当てたと思ったことです。チラッと邸宅の玄関までのアプローチが映っただけなので、あらかじめ聞いていなかったらそのお宅だとはわからなかったかもしれません。こういうロケの舞台は都内の高級住宅地と思っていたので、地元の浦和の邸宅が思いがけず映ったことが嬉しい気がしました。
2020.04.04 17:11 | 固定リンク | つぶやき
フルートと私 その2
2018.01.20
<フルートと私 その1>を書いたのがいつ頃だったかしら?と探してみたら2016年の9月のことでした。高校2年、受験勉強が始まろうかという頃に仙台でフルートを始めたきっかけについて書いたのでした。

先日、ひょんなことから22年ぶりに、浦和でフルートを習っていた(故)長谷川博先生のレッスン室にお邪魔させていただく機会がありました。長谷川先生にフルートレッスンが受けられることを夢のようと思いながら通ったことを思い出して胸がいっぱいになりました。私が仙台でフルート習っていた頃には(東京の)音大を目指す受験生は、地元でのレッスンを続けながら月に何度か列車で上京して音大の先生方のところに通っておりました。その芸大の先生に直接師事できるなんて夢みたいな話。私が通っていた時にも名古屋から来られている受験生がいました。

それまでは楽器店での無機質なレッスンでしたが、先生のご自宅は演奏用に天井を高く、ご趣味の写真を大きなパネルにして飾ってあったりグランドピアノも置いてあってゆったり広々、優美なお部屋。入り口もご自宅のお玄関とは別にしつらえてありました。レッスン室の入り口のドアを開けるのに最初はドキドキしたことを思い出します。私のレッスンの前にはプロを目指すような生徒さんたちが流麗な音を奏でていて、その後に自分が吹くのがためらわれるようでした。

(スタジオプラネットがある場所にあった旧宅で)祖母と一緒に暮らし始めたのが昭和49年6月のこと、ほぼ同時ぐらいに芸大の講師をなさっていた長谷川先生のご自宅にレッスンに通うようになりました。師事している先生の紹介で音大受験生が習いに来るようなことが多かったようですが、私の場合、今考えると「なんと厚かましい」と思うような流れでした。

<アルテ>というピアノでいえばバイエルみたいな教本があるのですが、その後ろにあったフルート協会に直に電話しちゃったのです。その教本ををフランス語から翻訳なさった方のお宅電話番号になっていたようでした。そこに「今度浦和に住むことになったのですが、フルートの良い先生がいたらご紹介いただけないでしょうか?」と問い合わせました。当時住んでいた下宿のそばの店先の公衆電話からのことでした。ネットでの情報などもなかった時代とはいえあまりに非常識で恥ずかしい‥。

長谷川先生はアマチュアのコーラスグループの指導をなさったりしてアマチュアへの理解もおありだったのが幸いしたと思います。「小さな虫が自分の体より大きな葉っぱを食べてしまうようにコツコツ音楽を続けていくように。」と言ってくださったことが心に残っています。1日に6時間も7時間も吹いているような受験生にまじって、日々一時間練習するかしないかみたいなことでしたが地味なエチュードのレッスンに励めたのはひとえに長谷川先生のおかげです。
2018.01.20 19:57 | 固定リンク | つぶやき
近況
2017.01.13
年が明けたと思ったら、あっというまに月半ばになろうとしています。7日土曜日に聴いてきた、小説「マチネの終わりに」とリンクしたコンサートのことを書こうと思いながら時間が過ぎていきます。その演奏会については次回書くことにいたします。

昨日は(亡くなった愛犬)アルフィを私たちが留守にするときに預かってくださっていた方のところにご挨拶に行ってきました。犬たちのレスキューをなさっている方で常時里親探しのわんちゃんたち10匹ぐらいがお家にいて、アルフィは家ではひとりぼっちなのに、そこはお友達がたくさんいるのでOさんがお迎えに来てくださると喜び勇んでついていっておりました。お世話になったお礼もありますが、「どんな所?どんなワンちゃんたちと遊んでいたの?」と思いながら千葉県野田まで行ってきました。大きい子はバーニーズから小さい子はミニピン(これはOさん宅で飼われている子)までたくさんいました。甘えて飛びついてくるゴールデンや茶ラブなども。殺処分寸前のところをレスキューして九州から空輸してきたのだとかいう子もいました。みんな可愛い子たちなのにどうして飼育放棄されてしまったのだろうかと思います。


10日11日には、足のリハビリで温泉病院に行ってきました。いつもは所沢インターから行くのですが今回は川越インターから。途中、富士山が綺麗に見えていました。温泉病院は石和(甲府の手前)にあって、高速を勝沼インターで降りたら雪がまだたくさん残っていて北国みたい。遠くの南アルプスの山々も雪をかぶって青空に映えて綺麗でした。いつも駅前の繁華街にいるので、こういう景色に見とれてしまいます。


三ヶ月に一度診察を受けないとリハビリしていただけなくて、今回はその診察がありました。<安心>始めさまざまな健康雑誌にも執筆されている矢野英雄先生という方に診ていただいています。手術ではなく保存療法を提唱されている先生で自己管理を説いておられます。診察の時には<痛みと歩数のチェック表>を提出することになっていて、ここ数年は痛みゼロで<歩容/歩き方>を直したいと通っていたわけでしたが、昨年の暮れには以前の痛みが復活してしまってシンドイ思いをしておりました。


矢野先生によると、<これまで愛犬で日々癒されていたのが失われたこと>が響いての痛みだろうということなのでした。「ペットロスからの痛みだろう」ということは自分でも思っていたのですが、<日々のストレスが愛犬で癒されてきていた>とまでは気がついていなかったので「そうだったか〜」と思いました。思い返してみると、外から疲れて帰宅しても玄関に飛んできて大喜びしてくれる姿に、疲れも吹き飛ぶようなことでした。そこで気持ちの切り替えもできて家の中ではご機嫌なアルフィのペースで暮らしていたのだったと思います。<ご機嫌で暮らしていく>って愛犬無しでは難しそう‥。







2017.01.13 09:11 | 固定リンク | つぶやき
フルートと私 その1
2016.09.05
フルートを習い始めたのは高校2年の2月。ヤマハのグループレッスンのようなところに数回通ったところで、同じヤマハで個人レッスンに移行。受験勉強を始めるような頃でしたが、日曜ごとのレッスンに楽しく通うようになりました。小学校2年生の時に始めたピアノは中学生になる頃には止めてしまっておりました。

フルートを始めたきっかけについてはアチラコチラで話しているのですが、高校2年生のときの忘れがたいエピソードがあるのです。放課後にどこからか綺麗なフルートの音色が聴こえてきて、音色に引き寄せられるように行ってみたら誰もいなくなった教室で同級生のSさんが夕陽をあびて一人でフルートを吹いているのでした。レコードなどでフルートを聴くのとちがって、自分と同年齢の彼女がこれだけ美しい音を奏でているということでびっくり。当時、N響の首席奏者だったT氏が仙台に来られて彼女の演奏を聴かれたときに、その音色を褒めたということを後になって知ったのですが、そのときにはそんなことは知りませんから「私でもこんな綺麗に吹けるのかしら。吹いてみたい。」と思ったのでした。

彼女とは高校三年では同じクラスになり、卒業のときのクラスのお別れ会で、ギターとフルート2本で<白いブランコ>など演奏したのでした。彼女のフルートを聴いて憧れて習い始めたフルートでしたから、一緒にフルートを吹くことができて感激。彼女は高校卒業後に日本航空のフライトアテンダントになりました。子供の頃に「将来何になりたい?」と聞かれるとスチュワーデスと答えていた私は、その憧れの職業を現実のものとしてしまった彼女にびっくり。私たちが受験勉強に本腰入れようかというような時期に早々日本航空への就職が決まった彼女を羨ましく思ったりもしました。<身長何センチ以上、 容姿端麗 成績も良くなくちゃ>みたいなことが要件のスチュワーデスに合格した彼女のところには下級生が話を聞きに訪ねてきたりしていました。

卒業後にその彼女とは年賀状の交換だけになっておりましたが、「スタジオを始めました。」と年賀状に書き添えたことで、関心を持ってくださってフルート持ってスタジオに遊びにきて何年ぶりかの再会。その後、月に一度フルート持って遊びに来てくださるようになりました。地元のフルートのお仲間がスタジオに来られたときに彼女も加わって<君をのせて>をアンサンブルで吹いているときに、夕陽を浴びた校舎で(高校三年生の歌詞みたいですが)フルート吹いていた彼女がありありと思い出されて、その彼女と何十年後かにこんな風にアンサンブルをする日がくるなんて‥と思ったら涙が溢れてきてしまいました。

その彼女は世田谷から町田に越されて遠くなりましたし、お仕事も始められて、フルート持ってスタジオに遊びに来るのは年に一度になってしまいました。年に一度でも、私がフルートを始めるきっかけになった彼女と(こちらのフルート友達二人と四人で)合わせることができることを幸せなことに思います。スタジオを始めなかったら彼女とも年賀状の交換のままだったか、もしかしたらそれも途絶えてしまっていたかもしれないと思います。
2016.09.05 13:42 | 固定リンク | つぶやき
ギターを習うようになった流れ
2016.07.29
スタジオご利用者の方からギターとの二重奏で(私の)フルートとの共演のお誘いをいただいたことがありました。<イベールの間奏曲>をスタジオで演奏する予定だったのに、フルートの方が転勤で遠方に行かれてしまったのだそう。クリスマスの時期の演奏会で共演させていただいたのが楽しくて、それを機にギターとの二重奏を結成して8年ぐらい続いたのでした。スタジオに主人が若い頃に習おうとして買ったけれど使わなくなったギターが長らくおいてあって、相方はスタジオではそのギターで合わせの練習をして本番近くなると御自分のギターを持って仕上げの練習をしていました。ギターとの二重奏が解散になる頃に「力木の剥がれがあるかもしれないから一度診てもらったほうが良い。」と言い置いていきました。

プラネットをご利用になるのに下見に来られたギタリストのI氏にその話をしたら、地元のギター作家のN氏のところに持っていってくださいました。スタジオの響きを確かめにご自分のギターを持って来られていたので帰りにはギターを二台両手に提げて行ってくださいました。せっかくギターが直ってきても使うあてもないし、ギターの音色が聴けなくなって寂しくなっていたこともあって「では習ってみようかしら?」と、ご親切に修理に持って行ってくださったI氏の元で習うことにしました。

楽譜が読めるのだから、もう少しなんとかなるだろうと思ってギターを始めてみたのでしたが、自分の考えの甘さにすぐに気がつきました。「ギターって消音しなくちゃならないんだ〜」ということがそもそも驚きでした。フルートは指の押さえを変えれば次の音に切り替わりますから、前の音の響きが残るなんていうことはあり得ません。右手と左手が違う作業をするということ、つまり左手は押さえて右手で音をだすということもピアノもフルートも両手は同じ作業をしているわけですから「ふ〜む。」です。それに音がでるタイミングは右手で決まるので左手はリズムとは関係ない<水面下の動き>みたいなことをしなくちゃならないのもなんだか私には馴染めませんでした。

ギターのレッスンに通いながら、いつも情けなくて、自他共に厳しいI氏のレッスンに数年通ってはみたのですが落ちこぼれてしまいました。せっかく習い始めたギターをやめてしまうのも惜しい気がして、半年後ぐらいに新たな先生を探して習うことにいたしました。そのお教室の発表会にスタジオを提供する代わりにフルートとギターの二重奏を何か一曲おつきあいいただくことにしていただいています。ギターパートが綺麗なニューシネマパラダイスとかピアソラのタンゴの歴史など。プロのギタリストと合わせていただけるのですからすごくラッキー。フルーテイストとの共演も多いO氏はフルート曲についても私などよりよほど詳しいのです。ギターというより音楽全般を教えていただいている感じです。こういうことでも「スタジオを主宰している恩恵を多分に受けている。」と思います。
2016.07.29 16:55 | 固定リンク | つぶやき

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